ヘレン・マクロイ - 暗い鏡の中に(創元推理文庫)

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ネタに抵触せずに語ることなんて出来そうもないから、背表紙に手を伸ばしかけていた人は、こんな駄文で楽しみを薄めぬが良い。
美術教師フォスティーナは、寮制の女子学院へ赴任してから5週間で唐突に学長から解雇を言い渡される。
不審に思った同僚のドイツ語教師ギゼラは恋人に相談…かくして精神科医ウィリング博士は調査に乗り出す。
理由とされた噂話を招いた真実とは、果たして…。
ガラス細工みたいに綴られる次第を鋭利なまでに研くのは、花々めく登場人物たちの存在でも、宝石めく数々の小道具でも、幾何めく事象の配置でもない。
足掻きに足掻いても叶わぬ、社会に馴染めぬ者の切羽詰まった感覚だ。
それかあらぬか、その者は社会ばかりか世界からも拒否されてしまう。
物語は提起した謎に対してふたつの解を用意している。
関係者の印象に即して超常的な現象をも厭わぬがひとつ。
智を尽くして論理に齟齬なく筋道を通したがひとつ。
ただ、いずれもが「もし~であれば」を前提としなければ成立しないところは変わらない。
そして、いずれが真実だとしても「可哀そうな死」が覆らないことも一緒だ。
誰しも自身に有効な解しか導けない…名探偵もしかり。
オカルトもトリックも生者の価値領域にあって、自身の価値を求め続けた死者からはあまりに遠い。
いいや、決着を宙吊りにするこの小説こそが、社会に居場所を見つけられない者が採った解に見えなくはないか。
これは些か「叫び」に似ている。