フリードリヒ・グラウザー - 狂気の王国(作品社)

血痕も飛散する荒らされた部屋を残し、行方知れずとなったラントリゲン精神病院長。入院患者ピーターレンの、タイミング揃えたかの脱走との関連はあるのか。対象からの直接指名で、院長代理のラードゥナー博士の警護に当たるシュトゥーダー刑事。精神病院と…

ヘレン・マクロイ - 暗い鏡の中に(創元推理文庫)

ネタに抵触せずに語ることなんて出来そうもないから、背表紙に手を伸ばしかけていた人は、こんな駄文で楽しみを薄めぬが良い。美術教師フォスティーナは、寮制の女子学院へ赴任してから5週間で唐突に学長から解雇を言い渡される。不審に思った同僚のドイツ…

ピエール・シニアック – ウサギ料理は殺しの味(創元推理文庫)

労働も経済も工場で賄われている街。自己完結している土地のガス抜きとなるのは、百貨店と売春、そして場違いに内外まで味の知られたレストラン。81年フランス産ミステリといっても、些か単語に修正を加えれば、なんとまぁそのまま日本の郊外の現在にそっく…

ホレーニア – 白羊宮の火星(福武文庫)

ヴァルモーデンは、兵役の年季を済ませてしまおうと出頭した演習から数日もしない内に、詳細明かされぬまま実戦の内にいる。状況が戦争へと踏み込んでいく次第が、夢と現が侵犯し合う濃密なまでの予兆に満ちた世界として綴られていくのだけれど…。このヴァル…

ミュノーナ - スフィンクス・ステーキ(未知谷)

同著者の邦訳を新たに2冊手に入れたので、頁切る前にこちらを再読。 ミュノーナは、哲学者ザロモ・フリートレンダーが創作物す時の筆名。 パウル・シェーアバルトと親交結び、タダイスト達の活動の傍にあったので、前触れめくイマジネーションとダダを繋ぐ…

田淵安一 - 西欧人の原像(人文書院)

田淵安一はフランスを拠点に活動した画家。 1951年、前衛集団コブラの運動終息の年に渡仏しているが、参加メンバーとは深く関わっていたようだ。 それもあってか、表象よりもマチエールの具体性を追う視点は共通しているように思える。 場所や時系列がスキッ…

P. アレシンスキー - 自在の輪(新潮社)

昨年の大規模展覧会を切っ掛けに、ようやっと積読から救い出せた一冊。 図版も多く、ブルトンからアポリネール、ジャコメッティ…そして自身の画業へと巡り、イメージの原型探索する愉しき随想。 その予測は大筋違わなかったのだけれど、これがなかなかに厄介…

プレヴェール - のんぶらり島(牧神社)

『天井桟敷の人々』の脚本で知られるジャック・プレヴェールの仕事にシュルレアリスムの血統求めたら、辿り着いたのは童話。 2冊の絵本を合冊にしたもので、後半の『おとなしくない子のための童話』は別訳も存在するのだけれど…この封筒模した装丁が欲しか…

モラヴィア - 薔薇とハナムグリ-シュルレアリスム・風刺短篇集(光文社古典新訳文庫)

どうにも性愛の臭いキツいイメージがあったモラヴィアの小説、こうも突飛な世界紡ぐ作品群があったとは。 いや、国書刊行会から出ていた『現代イタリア幻想短篇集』で内2篇は読んでいたのに、別の作家が物したものと記憶していたのだからどうしようもない。…

ジョン・ブラックバーン - 小人たちがこわいので(創元推理文庫)

ナチス残党の影が見え隠れする工場が元凶と疑わしき、北アイルランドのとある河口汚染。 相談受けたノーベル賞医学者は、別荘の地主でもある工場親会社の航空機メーカー社長と面識があること、また奇妙な状況下で我が子を失ったことに思い悩まされながら、ウ…

トマス・フラナガン - アデスタを吹く冷たい風(ハヤカワ文庫)

テナント少佐を主人公とした連作を中心に編まれたミステリ短篇集。 舞台は何時終わるとも知れぬ戒厳令下にある架空の軍事独裁国家。 しかも体制側に身を置く主人公というのは、どこかグラックの『シルトの岸辺』の不条理な設定を想わす。 状況に呑まれない姿…

M・P・シール - プリンス・ザレスキーの事件簿(創元推理文庫)

昨年フィルモアレコードで『紫の雲』の邦訳の噂していたら、M・Pシールには既訳本があると教えられて、慌てて求めたのがこの逸書。 ジャンル横断する作家の仕事の中にあって、推理もの集めた短編集。 安楽椅子探偵活躍の嚆矢とされるだけあって、謎解きは卓…

堀江敏幸 - 燃焼のための習作(講談社)

嵐に事務所での一時停止を余儀なくされた探偵、助手、依頼人が、それぞれの記憶を語り交す。 いわゆる枠物語にも思えるのだけれど、話は入れ子状には纏まらない。 依頼人とは言ったが、いや未だ依頼を迷っている人物…それだから事実であるか否かは重要でなく…

サーデク・ヘダーヤト – 盲目の梟(白水社)

Alain Virmaux、Odette Virmauxによって著された『シュルレアリスム人名辞典』にその名が挙がっていることを知って興味持ったイランの作家、サーデク・ヘダーヤト。 短編集『盲目の梟』読了。 いずれの作品もが不幸の顛末…とびっきりの奇想がある訳でも劇的…

ピエール・マッコルラン – 恋する潜水艦(国書刊行会)

厭人癖濃くなる春との思い込みが、熱出し身動き出来なくなってから風邪であったことに気が付く。 月末の予定は総崩れなれど、久々ゆっくりと本読む時間持てたのだから、まぁ良し。 治療待つ子供が待合室で一冊こっきり見付けた漫画本が如く、夢中で読み終え…

ジャン・ポーラン - タルブの花(晶文社)

難解と聞いていたのに、滞ることも無く読了。 いちいち引いてくる固有名詞が当時はセンセーショナルだったのかもしれないけれど、帯の惹句をハッタリと取っても躓かない。 ここにあるのは、伝達の道具としての「言葉」をただただ信じ、いずれの主張の視座か…

高野文子 - ドミトリーともきんす(中央公論新社)

高校の頃に初めて手に取った著作から今読み終えた単行本まで、作品毎に驚かされ続けている漫画家が他にいるかな。 ちょっと思い浮かばない。 理論に止まらず科学の外にまでエコー響かせている科学者…朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹の著作をテ…

フアン・ルルフォ - ペドロ・パラモ(岩波文庫)

物語の始まりこそ、顔も知らぬ父親をコマラという土地に訪ねる男の視点で告げられるが、 瞬き毎に語り手が変わり、時間の前後をもスキップする。 読んでいると…この目で見ていながら「わたし」ではない者として行動している感覚、思うように動けず、物事は進…

森泉岳士 - 夜よる傍に(エンターブレイン)

読書に限った事ではないだろうけれど、偶々次に手にしたものへと内容がリンクしていくことがあるから面白い。 先に読み終えたユンガー『砂時計の書』での理想の時間が、今繰る頁の中で、主人公二人が各々違うタイミングを計りながらも支え合う夜明けに解けて…

エルンスト・ユンガー - 砂時計の書(人文書院)

ここのところ、制作で空になった器に新たに注ぐように本を読んでいる。 著者の趣味である砂時計のコレクションの延長に拾い集められた古今東西時計を巡る逸話から、世界の骨格となった時間の姿が編まれる一冊。 身近なところを取っ掛かりにした軽やかな筆致…

R・カイヨワ - カイヨワ幻想物語集 ポンス・ピラトほか(景文館書店)

読むことで憑くかに思考に駆られたけれど、その印象が口に昇るまでに数ヶ月。 掌編挟んで置かれた、それぞれノアの箱舟、キリストの磔刑に材を採った2篇の強烈さに眩んだか。 歴史、言い伝えられてきた事象を既定の点として、経緯で結ぶことに齟齬を覚えた…

ジャック・ヴァシェ - 戦場からの手紙(夢魔社/松村書刊)

読み終えたものの、なんだろうこれは。 三分の一をブルトンによる序文が占めていて、残る殆どが書簡、創作はいずれも見開きで収まる2篇のみ。 ブルトンに未だ興味持ったことがない身ながら手に取ったのは、ジャリの『超男性』巻末解説にデュシャン、ピカビ…

ジュリアン・グラック - シルトの岸辺(集英社)

読み通せるのか危惧するほど修辞に修辞を重ねた息の長い文体が、長らくの興味を躊躇させていたジュリアン・グラック。 なんのことはない、いざ本繰れば手もなくその言葉の叢に溺れている。 結果、頁尽きるのを惜しむように読み終えた『シルトの岸辺』。 仕官…

ヴェニアミン・カヴェーリン - 師匠たちと弟子たち(月刊ペン社)

芝居上演する人形遣いの顛末を語る作家の所作を綴る…ロシアの作家だからという訳じゃないが、マトリョーシカめいて入れ子状に世界開いていく幻想短編集。 ややこしさ増すことに、人形と登場人物が擦り返られたり、あろうことか作中に乗り込んだ作家の行動が…

H・ミショー - 魔法の国にて(青土社)

季節区切るように風邪っ引き。 出掛ける予定潰れるに比例して進む読書…それだからか手にした架空旅行記。 魔法の国といっても、起こる不思議の殆どが目には映らない。 景色に描けるのは、獣が放たれ、侵入し難い荒涼とした街址…まるで内紛下にある国家の寓意…

シュペルヴィエル - 海に住む少女(光文社古典新訳文庫)

『カシオペアのΨ』から架空の土地巡る旅行記で読み繋ごうとアンリ・ミショーの本を注文するも、届くまでの間を交流のあったというシュペンヴィエルの短編集で塞いでいる。 多くの作で水面の向こうに潜む儚い存在。 水底のイメージから、頭の隅で映画『狩人の…

C・I・ドフォントネー - カシオペアのΨ(国書刊行会)

C・I・ドフォントネー『カシオペアのΨ』読了。 19世紀半ばに綴られた、異星の年代記。 プリズムの分光作用を見るように煌く風土を舞台にしながら、語られるのは理想郷ではない。 どこか寓意とも覚える要素を与えて、顕微鏡で覗き込むように辿る、物語の成長…

ルネ・クルヴェル - ぼくの肉体とぼく(雪華社)

ルネ・クルヴェル『ぼくの肉体とぼく』読了。 個を峻別する決意と、他に誘われる弱さの間を、螺旋描くかのようにうだうだと彷徨う言葉。 著者に捧げられたコルタサルの短編を経由していて良かった。 物語の中にあるように世界に所属する感覚を失ってのことな…

コルタサル - 遊戯の終わり(岩波文庫)

フリオ・コルタサルの短編集『遊戯の終わり』読了。 あらすじだけ伝えるとありきたりの怪奇譚、変身譚とも取られかねないようにも思うが、一葉のタペストリーに収めようとするかに異なる場所、時間、意識をズルズルと一連なりに繋げてしまう語りに驚嘆させら…

ウラジミール・ナボコフ“青白い炎”

ここのところ本を読む時間がなく…と言うより、読み始めるとすぐに寝てしまい…ようやっと読了。 “青白い炎”と題する長編詩とその注釈という珍奇な構成に、栞2枚用意して行きつ戻りつ。 そればかりか、僅かな時間にも読み進めればと、常に持ち歩いていたせい…