M・P・シール - プリンス・ザレスキーの事件簿(創元推理文庫)

linedrawing2017-03-01

昨年フィルモアレコードで『紫の雲』の邦訳の噂していたら、M・Pシールには既訳本があると教えられて、慌てて求めたのがこの逸書。
ジャンル横断する作家の仕事の中にあって、推理もの集めた短編集。
安楽椅子探偵活躍の嚆矢とされるだけあって、謎解きは卓上で解体した時計を組み立て直すが如く。
ただ、この探偵の思考、どこかヒヤリとする怖いものがある。
下位からの全体主義への希求というか(時代が齟齬するけれど、探偵が亡命ロシア貴族であることを象徴的に想わずにいられない)…人の為すことは全て至高点に注ぎ込む流れの中にあるのだから予測し得るとする。
それが証に、後半に収められた同様の思考構造を持つ別シリーズの探偵…というかこっちは粋人だな…は、発生の可能性を組み立てることからのみで犯罪に行き着いてしまう。
一方でその在り様が、シャーロック・ホームズ完結の翌年にして既に、解決者の許に謎が帰結するという…歪な「名探偵」という発明への修正を試みている気がしなくもない。
ただ、探偵が神であろうが、何処かに神を措定しようが、一点透視図な世界観に変わりはない。
各々の視座からしか世界は眺められないが、別の目を持つ隣人があるというのが現実だというのに。
だからこそ、探偵は現実に振り回され苦労し、作家自身とする別な視点持つワトソン役にやんわりといなされる。
世界構造はそうかもしれんが、無益に美しいものもあるし、紛れもなくこれは君の手柄だぜ…と。