堀江敏幸 - 燃焼のための習作(講談社)

linedrawing2016-04-19

嵐に事務所での一時停止を余儀なくされた探偵、助手、依頼人が、それぞれの記憶を語り交す。
いわゆる枠物語にも思えるのだけれど、話は入れ子状には纏まらない。
依頼人とは言ったが、いや未だ依頼を迷っている人物…それだから事実であるか否かは重要でなく、そればかりか帰結するところよりも過程に、誰かの思い出が誰かの記憶を呼び覚まし語りを延々継いで行く。
まるで持ち寄った触感の皮膜を重ねていくよう。
その集積から現れる立体は小説の結末ではなく、登場人物が止められている仄かに温かい空間の佇まいであり、この本から得られた印象/かたちでもあるはずだ。
自らの指で改めてかたち辿っていくかの読書体験は、子供の頃の機転と発見から成る遊びに通じるところがあり、またどこか官能的でもある。
共通の人物が登場する『河岸忘日抄』が点であるとすれば、線について綴っているという具合に全く違うけれど、同じように特別な一冊になる予感がある。
人が指し従うベクトルの奔流に流されかねない時、頁繰ることになりそう。
自分の中に積み上げてきた体感を思い出すために。