触れる端から消えて行くもの 1

linedrawing2008-09-21

ふと、昔好きだった人の名前を検索してみたら、一件の結果に当たる。
頁に記載されたプロフィールは確かにその人のもの。
ただポートレートに写る姿には思い当たる節がない。
そもそも顔を思い出せずにいたのだけれど、全くと言って良いほど記憶に繋がらない。
誰だろう、この人は。


15日。
空港までの途上で宿泊場所が取れていないことが判明、搭乗手続きを前にトランクが壊れる…と、駿雨の様な出来事が続く。
2日前には、大好きな女の子…光を/輪郭の毛羽を捉えるのが上手い子に、その感覚でもって世界を見て欲しいと意見したつもりが、こちらの言葉足りずに衝突してしまっている。


ミラノまでの無為な機内時間で、久々に本に溺れることが出来る。
繰るは堀江敏幸“河岸忘日抄”。
冒頭からイタリアの作家ディノ・ブッツァーティへの言及があるからと選んだのだけれど、不意を撃つ言葉に俯く。
例えば…何処へもの対応から速度を追求するあまり、移動は目的を失い、遂には静止となること。
弱さとは、他者への思いやりが自分を自分でない方向へずらし、どこかべつのところへ追いやっていくような足場の組み方しかできないこと。
それを避けようと、僕は言葉を費やしたのだろうか。


眠りと食事を間に挟みながら本の半ばまで読破したところで着いた空港は、デザインは奇妙であっても、日本のどこか地方空港と言っても通じそうな印象。
そうは言っても1時間も早い到着に、宿泊先の決定を携えてこちらに向かっているコーディネイターさんが対応出来るはずもなく、慌てる。


ともあれ今日はここまで、全ては明日から。
中国人経営の店のピザが夕飯。


16日。
レジデンスまで迎えにきてくれたコーディネイターさんに案内してもらって、展示会場に挨拶。
会期中、アテンダントで入ってくれる人にもご挨拶。
空間と対峙すれば、場所はどこであろうと、その機会との一期一会。
カタカタと頭の隅が動き始める。


お昼は、お惣菜も選べるパン屋さんで。
注文→レジ→受け取る…システムには慣れそうにもないけれど、ライスコロッケ美味し。


そのまま、ドゥオーモの方まで連れて行ってもらい、夕まで独りぶらつく。
トラムが景色が空が、圧倒的な異を感覚に訴え掛けて来て、ようやっとに海外にいることを実感し始める。
何件か覘いたCD屋は世界共通の印象だけれどね。


日が暮れてきてから、ギャラリーMudima、白髪一雄 展オープニング。
どこにあっても自然体な所作が素敵だと覚えるコーディネイターさん一家と合流し、紛れて眺める景色は、居間からのもの。
テーブルを挟んでの距離に作品がある感覚。
眺める先には白髪一雄…のみならず、同じく具体のメンバーとはいえ、田中敦子の作品までこの地で目にするとは思ってもみなかった。


翌日足を運ぶ予定のギャラリー、ARTE GIAPPONEのスタッフさん交え話していると、言葉がある種の呼び水となるのか、気付けば周りに日本人が集まっている。
靴脱げない、座れない、なんだこの国は…ようやっとに日本語で愚痴れ溜飲下がったと、話しかけてきてくれる人もあって面白い。
どころか、日本人男性を恋人に持つイタリア人翻訳家までが、帰国中の彼に日本語でメールを送りたいと寄ってくる始末。
愛らしい目論見と情熱が、羨ましくなってしまう。
そこを端緒に語られる彼女の人生もが面白く、つい長居。
閉めにと白ワイン引っ掛けて帰る。


17日。
この日から、展示会場の設営。
作業始めて暫くして、日本で用意した手順が役に立たないことが判明。
モールドの悪いプラモデルを組み立てているみたいだ。
いやいや、展示とは、そもそもモールドが悪いものなのだ。
この日の内に済ますつもりが、結局翌日に持ち越し。


昼はコーディネイターさん夫婦とケバブ
あまり辛くなくて、美味しい。
日本では見たこともない、ドクターペッパーみたいな味のファンタも気に入り。
そうそう、それと、イタリア式のコーヒーも旨いと認識し始めている。


ARTE GIAPPONE、万木寛子 展オープニング。
不注意から流血してしまい騒がせてしまうが、穏やかな感じの人が集っていて、居心地が良い。
展示作品は、象形を逆に辿ろうとしている書と言えば簡単だが、文字としての意味と形象としての印象が、一つところ落ちて行かないで、微妙な感じを受ける。


この後、僕の展示するスペースとシェアしている美容院オーナーが、食事に案内してくれると言うので…それも某ブランドが手掛ける高級和食店と聞いて、好奇心も手伝いいそいそと着いて行く。
絵に描いたような敷居の高さ、スノッブな空間に、そぐわない自分が見えて笑いたくなる。
その笑いも、奢りと信じていたところの割り勘に、別な色を帯びてくる。
2日分以上の食費が吹っ飛ぶ。


帰りのタクシーでクールダウン。
運転手が静かな人で助かる。


18日。
照明の修理が来る夕前には、大方の作業は済んでいる。
ここに揃った者が共通して苦手とする、コンピューターにまつわることを除いては。


鄙びたカフェでの昼食のパニーニは絶品。
店の構えに味が比例しないのは、どこの土地でも一緒かな。


2件しか体験してはいないけれど、日本と違ってこちらでは、オープニング・レセプションが一般の来場者にとっても重要なものなのだと痛感させられて。
急遽、飲み物ばかりでも明日は振る舞おうと、中華街に日本酒を買いに行く。
妙な字句の並びと感じるかもしれないけれど、気にしないでくれ。
僕にしても、ニィハオと挨拶されたぐらいなのだから。


疲れて店に入る気も起きず、日本から持って来たバームクーヘンと頂いた果物を食べて、そそくさと寝る。


19日。
どこに向けても知らせることなく、突然のオープニングなのだから盛況は望むべくもないが、訪れる人いずれもの真剣な視線が嬉しい。
あまつさえ、勿体ないと、通行者の来場を促してくれる人まで。
恐縮することしきりだけれど、僕にはぴったりのキャパかも。
穏やかに幸福な夜。


帰りに関係者3人で、まだ間に合うと走る、studio giangaleazzo visconti、VINCENZO AGNETTI展。
コンクリート・ポエムとも、ビジュアル・ポエトリーとも言えそうな作品が並ぶが、どうも見覚えがある。
数を打つと、レシートに文字が印字されるレジの作品も。
未知の作家と思いきや、音源まであったように覚えてくる始末。
ギャラリースタッフに訪ねてみたら、一蹴されたけど。


アメリカの犯罪映画に登場しそうな設えの中華料理店で夕飯。
酸味のあるスープが美味しい。


宿に帰って調べたら、VINCENZO AGNETTI、やっぱり音源が存在しました。