トマス・フラナガン - アデスタを吹く冷たい風(ハヤカワ文庫)

linedrawing2017-04-20

テナント少佐を主人公とした連作を中心に編まれたミステリ短篇集。
舞台は何時終わるとも知れぬ戒厳令下にある架空の軍事独裁国家。
しかも体制側に身を置く主人公というのは、どこかグラックの『シルトの岸辺』の不条理な設定を想わす。
状況に呑まれない姿こそ決定的に違うのだけれど。
複雑な構造露わにする現実に対して、謎を支点に、あくまで自身信じる「正義」を展開していくテナント。
文章からストイックなまでに感情表現の殆どが削がれているからか、唐突に、虚を突くようにその想いが胸を打つ。
著者の誘導はあるにせよ、真実が徐々に露わになる記述を追う中で登場人物各々の想いを得るというのは、体験に近い。
その小説の作法にも胸打たれる。
他にシリーズ外のブラックユーモア強い2篇に、歴史ミステリが1篇。
この歴史ミステリ…歴史の大勢に些事のなにもかもが呑み込まれる短篇が作家のデビューに置かれることで、テナント・シリーズは返歌とも映る。
目に見えず、記憶に残らない些事こそが抗う手立てなのだと。